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千葉地方裁判所 昭和62年(ワ)1734号 判決

主文

被告らは、連帯して、原告甲野花子に対し金一三四八万一六〇〇円、原告甲野二郎に対し金四二八万九六〇〇円及び右各金員に対する昭和六二年一〇月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

被告らは、連帯して、原告甲野花子に対し一億円、原告甲野二郎に対し一億円及び右各金員に対する昭和六二年一〇月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告らは、被告乙山春夫(被告乙山)が、被告甲田工業株式会社(被告会社)を不法に乗っ取る目的で、違法・無効な手続により被告会社の新株発行を行い、原告らの被告会社の株式の持株比率を低下させ、原告甲野花子(原告花子)に三億〇四一二万八〇〇〇円、原告甲野二郎(原告二郎)に三億三一七七万六〇〇〇円の損害を与えたとして、被告会社に対し不法行為に基づき、被告乙山に対し不法行為又は商法二六六条の三に基づき、それぞれ右損害の内金請求をしている。

二  争いのない事実等

1 被告会社は、被告花子の亡夫甲野太郎(昭和五四年一一月二四日死亡)により設立された金属の表面処理加工等を目的とする株式会社であり、昭和四九年三月、商号を甲山工業株式会社から現在の商号に変更し、本店を東京都大田区から千葉県市原市に移転した。被告会社は甲野企業株式会社(甲野企業)の関連会社である。

原告花子は太郎の死後被告会社の代表取締役に就任した。太郎と原告花子との間に、長男甲野一郎、二男原告二郎、三男甲野三郎(三郎)、長女丙川春子(春子)、二女乙山夏子(夏子、被告乙山の妻)がある。

2 原告ら、春子及び夏子は被告会社の株主であり、後記5の新株発行前、被告会社の発行済株式総数四万株のうち、原告花子は一万七六〇〇株を所有していた(ただし、原告二郎の持株数及びそれ以外の株主・持株数について争いがあり、原告らは、四万株のうち、原告花子、春子及び夏子の持株数を除く一万九二〇〇株は全部原告二郎の所有であると主張し、被告らは、原告二郎及び三郎が各五六〇〇株、原告乙山及び丁原松夫(丁原)が各四〇〇〇株を所有していたと主張する。なお、この点に関する認定は第三の三2)。

3 昭和六〇年一一月二五日当時の被告会社の取締役は、原告花子(代表取締役)、被告乙山(常務取締役)、丁原、戊田竹夫(戊田)及び甲原梅夫(甲原)であり、原告二郎は被告会社の監査役であった。その当時、原告ら及び丁原は東京都《番地略》所在の甲川工業ビルの事務所で執務していた。

4 被告会社の額面株式一株の金額は五〇〇円、設立当時、発行する株式の総数四万株、発行済株式数の総数一万株であったが、昭和五七年四月、発行する株式の総数一六万株、発行済株式の総数四万株となった。

被告会社の定款七条に、当会社の株主は新株引受権を有する、ただし、取締役会の決議によりこれを制限することができる旨規定されている。

また、被告会社の定款には、当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨の株式譲渡制限の規定がある。

なお、被告会社の定款には、「取締役会は代表取締役これを招集し、代表取締役に事故ある時は予め定めた順序により他の取締役が招集する」との規定がある。

5 被告会社は、昭和六一年一月六日払込みによる六万株の新株発行(本件新株発行)を行い、発行済株式の総数一〇万株となった。

本件新株は次の手続を経た形で行われた。

(一) 原告花子の代表取締役解任の決議(本件解任決議)、被告乙山の代表取締役就任

被告乙山の招集により昭和六〇年一一月二五日取締役会が開催され、原告花子の代表取締役解任及び被告乙山の代表取締役選任の決議がされたものとして、同月二六日、原告花子の代表取締役解任及び被告乙山の代表取締役就任の登記がされた。

原告二郎に対し右取締役会の招集通知はなかった(右取締役会の開催の有無、被告乙山の招集権限の有無、原告花子に対する招集通知の有無等について争いがある。この点に関する認定は第三の一、二)。

(二) 本件新株発行の決議

被告乙山の招集により同年一二月五日取締役会が開催され、次の要領による新株発行の決議がされたものとして、本件新株発行が行われ、昭和六一年一月七日発行済株式の総数一〇万株とする登記がされた。

発行新株式数 記名式額面普通株式六万株

発行価額 一株につき一二〇〇円

発行価額中資本に組み入れない額 一株につき五〇〇円

払込期日 昭和六一年一月六日

募集方法 公募による一般募集。応募者は昭和六〇年一二月二一日から同月二三日までの間に申込証拠金(引受株数に発行価額を乗じた金額)を添えて株式会社乙野銀行(乙第銀行)乙原支店に申込みをすること

原告二郎に対し右取締役の招集通知はなかった(なお、被告乙山の資格、原告花子に対する招集通知の有無等について争いがある。この点に関する認定は第三の二、三1)。

三  原告らの主張

1 本件新株発行は、次のとおり、被告乙山において、被告会社の経営権を支配する目的をもって、違法な手続により自ら代表取締役に就任した上、その違法な職務執行によって実行されたものであり、その行為により原告らに損害を与えたものであるから、被告らの不法行為を構成する。

また、被告乙山については、取締役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があった場合に該当するものであるから、商法二六六条の三の責任がある。

(一) 本件解任決議をしたとする取締役会は実際に開催されていない。

取締役会が開催されたとしても、次の違法がある。

被告会社の定款の定めにより、被告乙山には取締役会の招集権限がなかった。招集権限があったとしても、原告花子に対し取締役会の招集通知をしなかった。通知をしたとしても、通知を発した日の翌日から会日までの間に六日間しかなく、商法二五九条の二の規定に反する。

(二) 本件新株発行の決議なるものには次の違法がある。

右決議をしたとする取締役会は、(一)の違法な手続により代表取締役に就任した被告乙山によって招集されたものである上、被告乙山は原告花子に対し取締役会の招集通知をしなかった。通知をしたとしても、通知を発した日の翌日から会日までの間に六日間しかなく、商法二五九条の二の規定に反する。

(三) さらに、本件新株発行は次のとおり著しく不公正な方法により行われた違法がある。

本件新株発行は被告会社の経営権を支配する目的で行われた。そのため、被告乙山は、株主である原告らや春子に新株発行に関する何らの通知もせず、定款の規定を無視して、原告らの新株引受権を奪い、その持株比率を低下させた。

また、本件新株発行当時の被告会社の株式の評価額は一株当たり三万円を下らないものであったのに、一株一二〇〇円という極端に低い価額で発行された。

2 原告らの損害

(一) 被告会社の株式は、純資産方式により、次のように評価される。

(1) 被告会社の財産評価額 合計一四億四一五七万九三三五円

第一工場三六五七・七六平方メートル(一一〇六・四七坪)、第二工場一八〇三・七五平方メートル(五四五・六三坪)、第三工場一三八三・五平方メートル(四一八・五一坪)各坪二〇万円、工場合計四億一四一二万二〇〇〇円

事務所六七五平方メートル(二〇四・五四坪)坪四〇万円、八一八一万六〇〇〇円、ボイラー室三四・五五平方メートル(一〇・四五坪)坪三〇万円、三一三万五〇〇〇円、機械設備二億円、のれん代二億円

借地面積合計一万七〇五〇・二平方メートル(五一六六・七二七坪)の借地権坪一〇万円×〇・七、五億四二五〇万六三三五円

(2) 右の財産評価額を発行済株式総数四万株で除すると、一株当たり三万六〇三九円となり、本件新株発行前の被告会社の株式の評価額は一株当たり三万円を下らない。

(二) ところが、一株一二〇〇円で六万株発行されたことにより、株式の価額は一株当たり一万二七二〇円に低下し、原告らは一株当たり一万七二八〇円を下らない損害を受けた。

(三) 原告花子は一万七六〇〇株を所有しているから、損害額は三億〇四一二万八〇〇〇円であり、原告二郎は一万九二〇〇株を所有しているから、損害額は三億三一七七万六〇〇〇円である。

四  被告らの主張

1 本件解任決議及び被告乙山の代表取締役選任の決議は適法に行われた。

(一) 被告会社の定款には、取締役会の招集権限を代表取締役に限定する規定は存在しなかった。そうでないとしても、代表取締役が出社せずその職責を懈怠し、議案が代表取締役の解任である場合には、「代表取締役に事故ある時」に当たり、常務取締役たる被告乙山が取締役会を招集できる。

(二) 被告乙山は、昭和六〇年一一月一八日、被告会社の各取締役に取締役会の招集通知をした。原告花子と丁原には、同日右通知を普通郵便で甲川工業ビルの事務所にあて発送した。

原告らについては、仮に右取締役会に出席したとしても、決議の結果に影響しなかったことが認められる特段の事情がある。

2 本件新株発行は適法に行われた。

(一) 原告らは被告会社の資産を着服・横領し、原告花子は、代表権限を濫用して、過大な報酬を取得したり、工場敷地の賃貸人である甲野企業に高額の賃料を支払って、被告会社の資産を減少させ、健全な企業運営を阻害した。

本件新株発行は、原告らの会社資産の隠匿・着服という不法行為により生じた会社資産の不足を補い、被告会社の機械設備の更新費用等の資金を調達するために行われたものであって、正当・適法である。

(二) 本件新株発行の一株当たりの発行価額は、顧問税理士戊原五郎(戊原)の鑑定意見に従ったものであり、公正な価額である。

仮に不公正な価額であったとしても、それによって損害を受けるのは公正な価額で新株を発行すれば得られたはずの利益を失った会社であり、被告乙山に過失があったとしても、原告らに対し損害賠償責任を負うものではない。

第三  判断

一  昭和六〇年当時の被告会社の定款について

1 乙一一によれば、被告会社の定款の株式の譲渡制限の規定は、昭和四七年一一月五日に設定、同月九日登記されたこと、会社の目的は、商号変更と同日である昭和四九年三月五日に変更、同月一一日登記されたことが認められる。この観点から乙一二を見ると、乙一二の定款には株式の譲渡制限の規定は存在せず、右定款の九条は株式の譲渡制限の規定のある甲七の定款の九条とは異なる。そうすると、第一に、株式の譲渡制限の規定は旧商号の時代に九条の規定を変更して設けられたことが認められ、また、乙一二の体裁をみれば、八条や九条の規定が変更される前に二二条及び二三条の規定が変更されていた(又は変更されようとしていた)ことが推認される。結局、乙一二の定款は昭和四七年一一月五日以後のものではあり得ないし、被告会社の定款に取締役会の招集権者を代表取締役とする規定が設けられたのは右の日より前のことであると考えられる。

2 ところで、甲七の定款の三条には本店を千葉市に置くとあるが、目的及び商号の変更・登記と本店の移転・登記との間に数日間の間隔があることからすると、甲七の定款を定めた時は本店を千葉市に置く計画であったのではないかとも考えられ、本店の所在地が実際と異なるという一事をもって(ちなみに、右定款の五条は昭和五七年四月一日の臨時株主総会で変更されている。)、甲七条の定款が被告会社の定款であることを否定したり、右定款の効力を否定し、特定の規定を無視してよいということにはならない。

現に、《証拠略》によれば、被告会社においては、対外的に会社の定款の提示を必要とするときは、甲七と同じものの写しに代表取締役である原告花子の認証印をもらって使用していたことが認められる。

3 それにもかかわらず、《証拠略》によれば、被告乙山や甲原らは、取締役会の招集権限や株主の新株引受権という法的な障害を回避する理屈として、甲七の定款を被告会社の定款であると認識しながら、この定款は本店の所在地が違っているなどとして、そのうちの特定の規定を無視した(取締役会の招集権限については、定款の規定を無視したのであって、「代表取締役に事故ある時」に当たると判断したのではない。また、株主の新株引受権については、定款の規定により取締役会の決議で制限できると判断したというのである。)ことが認められる。

二  本件解任決議の取締役会の開催について

1 乙三には、昭和六〇年一一月二五日(以下、同年については年の記載を省略することがある。)午後一時被告会社の本社事務所において、被告乙山、甲原、戊田及び丁原が出席して取締役会が開催された旨の記載があり、《証拠略》中にも同旨の記載や供述がある。しかし、右の日時に実際に取締役会が開催された事実があるとは考えにくい。その理由は次のとおりである。

2 《証拠略》によれば、甲原は、一一月二五日午後二時五〇分ころ甲川工業ビル事務所に来て、原告花子から、建設業入札参加資格審査申請に関する必要書類として、「経営事項審査申請書1、変更届出書3、誓約書3、委任状5、経営事項審査申請書提出済証明願3、建設業許可証明願2、印鑑証明書4、定款2、印紙貼付満了手帳申請6」(なお、数字は当該文書の通数を示すと思われるが、それらが本当に入札参加資格審査申請に必要な文書の通数だったとは認められない節がある。)の交付あるいは文書の所要の箇所に被告会社の代表取締役としての原告花子の捺印をもらって帰ったことが認められる。

さらに、《証拠略》によれば、戊田は、一一月二五日午後一時三〇分ころ甲川工業ビル事務所に来て、原告二郎の同席の下に、原告花子に被告会社の資金繰り、給料や月末の支払の内容説明をして、原告花子の決裁を受け、支払小切手や受取手形に被告会社の代表取締役としての原告花子の捺印をもらって帰ったことが認められる。

これらが何故一一月二五日のことであると認められるかといえば、甲六の2のメモの日付と甲原のサインの意味について、原告二郎の供述の方が証人甲原の供述より内容的に無理がなくて信用性が高いと考えられる上、甲五の日報や甲六の1の業務日報は、甲川工業ビルの甲野企業グループの事務所において、関係者の出入りやその日の主要な業務内容を連続的、日常業務的に記録したもので、その信用性は高いと認められるからである。

すなわち、《証拠略》によれば、戊田と甲原は一一月二六日に甲川工業ビルの事務所に行ったとしているが、甲五や甲六の1の一一月二五日ころの記載は、原告らの側において、被告乙山やこれに同調する者によって原告花子が被告会社の代表取締役を解任され、本件新株発行が行われようとしていることを全く知らなかった時期のものであるから、その記載内容に操作があるとは考えにくいし(この点で、同じ日常業務的な記録でも、乙一四の発信簿の一一月一八日及び同月二八日の記載については同一に考えられない。)、日常業務的に記載されている日報において、二六日の出来事を二五日と取り違えて記載することは考えにくい(ちなみに、この種の記録は、日常業務的に記録されていることに信用の基礎があり、当日、時々刻々、人の動きや遂行された業務内容を逐一現認した者の記載でなければ信用性がないというものではない。)。

その上、一一月二六日には原告花子の代表取締役解任及び被告乙山の代表取締役就任の登記がされているのであるから、原告花子の代表取締役としての捺印や認証が必要なのは一一月二五日までにこれをもらっておくべきものに限られる筋合であり、一一月二五日に当面必要な資金の手当や書類を取得してから翌二六日右解任・就任の登記手続をしたと考える方が理にかなう。

3 以上のことは、次の点からも裏付けられる。

《証拠略》によれば、被告乙山は、昭和六〇年の初めころから原告花子を代表取締役の地位から降ろすことを考え、最初に当時取締役管理部長の甲原に相談し、次に当時取締役経理部長の戊田、当時甲野企業グループの甲海産業株式会社の代表取締役であった取締役の丁原、当時営業部長(後に常務取締役営業部長)の乙川六郎(乙川)、当時製造部長(後に取締役工場長)の丁山七郎(丁山)らに相談して賛同を得た、そして、戊原税理士から、取締役会で代表取締役を解任しても、(株主の持株比率が変わらない限り)任期がくれば同じことなので、(株主の持株比率が変わる)増資をする必要がある、それには公募による時価発行がいいという指導を受け、甲原にその諸手続の実行を命じた、甲原、丙原行政書士事務所に相談し、その指導を受けて事務手続を進めた、というのである。

そうすると、第一に、右の計画を完遂するためには、原告らに知られないうちに、官報による公告(商法二八〇条の三の二)を必要とする一般募集の方法による新株発行の諸手続を完了する必要があり、原告花子の代表取締役解任及び被告乙山の代表取締役就任は、その第一段階になるものであるから、被告乙山が招集した取締役会で右の解任及び選任決議がされたとすることは右の計画実行のスケジュールの中で極めて重要な役割を持つものであり、この段階で妨害が入るようなことになれば、直ちに計画全体の破滅をもたらすことになる。

第二に、右の計画を進める上で、被告会社の業務に支障が生じないようにする必要がある。そのために、当面会社の資金繰りや事業遂行に必要なことは手当てをした上で、原告花子の代表取締役の解任及び被告乙山の代表取締役の就任の登記を完了することが必要となる。

被告乙山や甲原らが、周到に準備し、計画的に実行する以上、以上のことは計算に入れて行ったものと考えるのが自然であり、一一月二五日に戊田と甲原が時間をずらして甲川工業ビルの事務所に行ったのは、原告らが計画に気付いていないか、最終的な偵察を兼ねていたということも考えられないわけではない。

4 《証拠略》中、以上の認定に反する部分はすべて信用するに足りない。また、乙四九、五〇の記載は以上の認定を左右するものではない。

また、原告花子に対し一一月二五日の取締役会及び一二月五日の取締役会の通知を発したかのような乙一四の記載や証人甲原の供述は全く信用できず、むしろ、乙一四の右の記載に被告乙山や甲原らの行動の計画性が現れているものと考えられる。

5 被告乙山や甲原らの計画実行の周到さは次の点にも現れている。

すなわち、一二月五日の取締役会で承認可決されたとする本件新株発行に係る発行株式の募集要領によれば、応募者は一二月二一日から同月二三日までの間に申込証拠金を添えて乙野銀行乙原支店に申込みをすることとされているが、この新株発行公告は同月二〇日(金曜日)に官報に掲載して行ったから(同日付け定報の三二頁)、土、日を挟んで、二三日(月曜日)までに申込証拠金を添えて申込みできる者は、あらかじめ知っている者に限られるといってよく、払込期日である昭和六一年一月六日は正月の休み明けの月曜日である点も注目される。

三  本件新株発行の目的及び不法行為性

1 以上の検討によれば、まず、被告乙山や甲原は、被告会社の定款上、被告乙山に取締役会の招集権限があるとすることには無理があるので、ここでは定款の規定を無視し、被告乙山が取締役会を招集したことにした上、原告花子が欠席した取締役会において原告花子の代表取締役解任及び被告乙山の代表取締役選任の決議をしたものとし、次の段階として、被告会社は、定款上、株式譲渡制限の規定を設け、かつ、株主が新株引受権を有する旨規定されているのに、ここでは取締役会の決議により制限することができる規定があるとし、原告花子が欠席した取締役会において公募による六万株の新株発行を決議したものとして、本件新株発行を行い、被告会社の株主としての原告らの持株比率を低下させたことが明らかである。

そして、一一月二五日の取締役会の決議なるものは、被告乙山に招集権限がない上、原告花子に対する招集通知を欠き、実際にその議事録の日時に開催されてもいないという違法・無効なものであり、さらに、一二月五日の取締役会の決議なるものは、右のとおり違法・無効な取締役会の決議なるものに上乗りし、かつ、原告花子に対する招集通知を欠くものであって、違法・無効なものというべきである。

以上と異なる被告らの主張はいずれも採用できない。

2 ところで、本件新株発行前の被告会社の発行済株式総数四万株のうち、原告花子が一万六七〇〇株、春子及び夏子が各一六〇〇株を所有していた事実は争いがなく、《証拠略》によれば、残り一万九二〇〇株の株主及びその持株数は、原告二郎及び三郎各五六〇〇株、被告乙山及び丁原各四〇〇〇株であったことが認められ(る。)《証拠判断略》

3 そして、前示のとおり、本件新株発行の公告は一二月二〇日に官報に掲載して行われたが、同月二四日乙野銀行乙原支店から、被告乙山一万株、丁原、戊田、甲原、乙川、丁山、戊山八郎(戊山)、丙田九郎(丙田)、丁野十郎(丁野)、戊川十一郎(戊川)及び丙野十二郎(丙野)各五〇〇〇株の申込があったとする株式申込受付票が発行され、昭和六一年一月六日右の者の名義による各株式払込金の払込みを経て、同月七日増資の登記が完了した。

右のうち、丁原、戊田、甲原、乙川及び丁山は、前示二3のとおり被告乙山の計画に賛同した者である。また、戊山は当時代議士丁田十三郎の秘書をし、入札等で世話になっていたという者、丙田は当時被告会社の戊河事業所の所長で、後に被告会社の子会社である甲川株式会社の代表取締役社長となった者、丁野は被告乙山の友人で佐倉市議会議員をし、市の指名等で世話になっていたという者、戊川と丙野は乙川の友人でそれぞれ広告会社の社長をしていたというのであり(被告乙山)、いずれも被告乙山の会社支配権を妨げるような存在でないことはその後の株式の名義変更状況を見れば明らかである。

右の新株主なる者の顔ぶれと先に見た募集日程を見れば、本件新株発行は公募の名に値しないものというほかない。

なお、被告会社の株主構成は、平成四年六月一日以降、被告乙山二万株、夏子四六〇〇株、乙川一万二〇〇〇株、丁原、丁山及び丙田各一万一〇〇〇株(以上六万九六〇〇株)と本件新株発行前からの原告花子、原告二郎、三郎及び春子の持株合計三万〇四〇〇株(甲野グループ株)に二分されることが認められる。

4 以上の事実関係の下においては、前示二3の被告乙山の計画は、新株発行後甲野グループ株が発行済株式総数の三分の一を下回るように、原告らの新株引受権を奪う手段として公募名目の新株式六万株の発行を企図し、これを前示のとおり違法・無効な手続により実現したものであり、このような新株発行は、被告乙山の被告会社における経営支配権の侵奪を目的とした不公正発行といって差し支えなく、それ自体株主である原告らに対する不法行為を構成するというべきである。

5 そして、本件新株発行について、被告会社も民法四四条一項により不法行為責任を免れない。

四  損害

1 被告会社のように、もともと太郎の個人企業・ワンマン経営の色彩が強く、太郎の死後も妻の原告花子や子の原告二郎らの経営支配権の下に推移してきた会社(甲野企業グループの会社)として、企業の所有と経営が十分分離されていたとはいえない閉鎖的な中小会社においては、株主にとって、株式は会社の資産を化体していたものと見ることに十分合理性があると考えられる。したがって、そのような被告会社における経営支配権の侵奪を目的として行われた新株の不公正発行による株価の価額の低下による損害の算定は、いわゆる純資産方式による株価の算定方式を採用するのが適当である。

2 《証拠略》によれば、本件新株発行前の一株当たりの純資産額(相続税評価額)は二四七六円であり、その当時の被告会社の株式の価額は一株当たり右の金額を下回るものではなかったと認められる。

この点、原告らは本件新株発行前の株式の価額は一株当たり三万円を下らない旨主張し、甲一九には右主張に沿う意見の記載があるが、昭和六一年一月現在の被告会社の資産の時価相当額の算定について、客観的な裏付けがあるものと認めるに足りる証拠がない以上、これを直ちに採用することはできない。

3 そうすると、本件新株発行の結果、七二〇〇万円(一二〇〇円×六万株)の払込みによる資産の増加があっただけで、発行済株式数は一〇万株になったのであるから、その価額は一株当たり一七一〇円[{(二四七六円×四万株+七二〇〇万円}÷一〇万株]に減じたものと認めるのが相当である。すなわち、原告らの株式は一株当たり七六六円の価額の低下を生じたものと認められ、被告らは、違法な本件新株発行により、原告らに対し直接右価額の低下による損害を与えたものというべきである。

そして、原告花子の持株数は一万七六〇〇株であるから、その損害額は一三四八万一六〇〇円(七六六円×一万七六〇〇株)となり、原告二郎の持株数は五六〇〇株であるから、その損害額は四二八万九六〇〇円(七六六円×五六〇〇株)となる。

五  以上の次第であるから、本訴請求は、それぞれ主文一項の限度で理由がある。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 中村俊夫 裁判官 三上孝浩)

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